土地機能の面から考えても、土地が単に物理的な地片というものでは意味がなく、土地をも構成しているいきものであることが認識されれば、いっそう明瞭になるのではあるまいか。土地は社会的に有用であり、有効に利用してはじめて意義のあるものであるから、これを所有権と利用権に峻別すると、所有権は虚有権となり、ただ利用権をのせた踏台にすぎない。利用権は有効に利用する者から者へと移転してよく、踏台にはさして意味がなくなっている。
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利用処分の渾然一体論もかわっていかねばならない。このようになると、土地所有の意味は、人間創始以来執着してきた土地に対する郷愁か、これもこれまでの社会慣習だが、子孫への財産の授受、財産の誇示か、これまでの考え方での安定感か、自己満足にすぎないであろう。国は今後は老人福祉に力をいれ、その面からの安定感が、老後を心配しての個人の土地の購入による安定感にかわっていくであろう。要するに土地は持っていてもなんにもならないので、われわれは活発に利用することに価値を見出さなければならないのである。
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